| | 木 材 加 工 領 域 | |
生徒の学びを大切にした授業へのアプローチ
簡易強度試験機を使用した授業展開に関する考察
札幌市立啓明中学校 教諭 横 田 豊
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T はじめに
木材は,加工の容易さや強度の大きさ,温もりのある質感など,他の材料にはない優れた性質を持っている。日本では,豊富な森林資源を建築材料や家具などの構造物,さらにはエネルギー源としても利用し,わたしたちの生活と密着してきた。
しかし近年,世界的な木材資源の無計画な利用が,環境問題と密接に関係しながら問題視されている。身近だった木材が貴重なものとなりつつあるのが現状であり価格も高騰している。木材に変わる材料の開発も進み,一見,本物の木材との見分けのつかないものもある。このような生活環境の中で,生徒たちには木材は高級品というイメージが定着しつつあり,資源の保護や有効利用の理解を得るにはいい時機なのだと考える。同時に,材料としての優れた性質を理解し,将来的に人と木が地球上で共存しながら木材を有効に活用して行く姿勢を身につけることは,これからの生活をより豊かなものにして行くために重要になってくるものと考える。
U 研究のねらい
日常生活の中で,物を壊すという機会は少なくなってきている。壊すときにかかった力の量もあまり意識される事がない。木材加工領域では,木材の性質の部分で強度について触れている。他の領域の材料の強度に関する内容とも共通性があり,木材のみならず,物を作るとき全般の構想・設計・製作においても役立つような内容の学習になることが望ましいと考える。
木材加工領域は,1年時に必修とすることを標準としており,中学校での技術・家庭科を楽しく学ぶことができるかどうかのカギを握る領域とも感じる。視覚的,定量的に材料の強度をとらえることは意義深い。
今回の取り組みでは,「学習材」を用いた課題解決的学習は生徒自らの体験的学習などによって
「考える力と学びへの心」を育てるという研究仮
説を元に,簡易強度試験機及び木材のテストピースを「学習材」として位置づけて授業を行い,広く木材の性質まで言及していくことをねらいとし,その効果と問題点について考察する。
V 研究の内容と方法
1.授業について
「学習材」として強度試験機を用いた場合の授業では、どこまでを生徒に考えさせるかより展開が大きく変わると考えられる。生徒にテストピースの樹種,繊維方向,寸法を実験前に明らかにするAタイプの指導案と、木材の強さの要因にはどんなことがあるのか考えさせるため樹種,繊維方向,寸法を実験前に明らかにしないBタイプの指導案を用いて授業をおこない,考える力と学びへの心を育てるのに効果的な「学習材」としての授業展開について考察する。AタイプとBタイプでは授業で使用するワークシートに違いを持たせた。
2.簡易強度試験機とテストピース
簡易強度試験機は,さまざまな形の物が工夫されているが,今回は1994年の日本産業技術教育学会において奈良教育大学の谷口先生、熊本大学の田口先生から発表されたものを基本に製作した。試験機の作製が容易,安価に行え,精度も生徒達が教室内で計測するのに充分という報告がある。(図1)材料固定台はアルミのL型アングルを用いて製作し,簡単にスパンを変更できるようベースに蝶ナットで取り付けてある。クランプを回すことにより,テストピースに荷重が加わる。荷重の大きさは体重計の目盛りにより測定する。クランプ固定台は机で代用することができる。
テストピースはセン,カツラ,ホオの3樹種を用意し,できるだけ繊維方向と繊維に直角方向に切断した。寸法は10×10×300と10×20×300の2種類であり、Aタイプ,Bタイプの指導案ともに共通に使用する。
図1 簡易強度試験機
W 実践
1.指導案
(1)Aタイプ
目標 木材の強さは樹種や繊維方向などによって違うことがわかる。
展開
学習の流れ |
予想される生徒の活動 |
教師の指導と支援 |
留意点 |
課題の把握
5分
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・きしむ音などに気づく。
・見当がつかない。
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・2種類の棒材を折って見せる。
・どれくらいの力で壊れたか質問する。
・どれくらいの強さがあるのかいくつか
測定してみよう。 |
・安全に注意
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強度はどれくらいちがうのだろうか
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課題解決へ
の努力
10分
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・自分たちにできるか興味
を持つ。 | ・なぜ強さに差が出るのか、3種類で大
きさをそろえたテストピースの強度を
測定しながら確認しよう。
・簡易強度試験機の使用法を説明する。
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課題解決
25分
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・簡易強度試験機で強度を
測定する。
・測定結果と強さの順番を
発表する。
・樹種と繊維の方向によっ
て強さが違うことを発表
する。
・意外な強さに驚き,加わ
っていた力の大きさを再
確認する。 |
・測定結果記録用紙配布する。
・測定結果を班毎に発表させる。
A1〜A4,B1〜B4,C1〜C4
・結果を元にどんなことがわかったかを
発表させる。
・樹種の違いは密度の違いにつながるこ
とを知らせる。
・繊維の方向によっては意外と強い強度
を持つことを知らせる。
・教卓でバーベルを材料にのせてみて、
壊れない様子を見せる。
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・安全に注意
3sごとに
荷重
・30s程度の
もの |
まとめ
10分
|
・木材の強度は樹種や使い
方によって違いがあるこ
とがわかる。
・他の力のかかり方にも興
味を持つ。
|
・今日の授業でわかったことをまとめさ
せる。
・曲げ以外の力のかかり方と強度につい
て説明する。
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評価
・樹種,木材の繊維の方向によって強さに違いがあることを理解しているか,プリントで評価する。
・意欲的に実験,話し合いに参加しているか,プリントや机間巡視で評価する。
・強度試験機を使用しての感想は別にアンケートを実施して評価する。 (2)Bタイプ
目標 @木材の強さは樹種や繊維方向などによって違うことがわかる。
A強さの違いにはどんな要因があるのか考えることができる。
展開
学習の流れ |
予想される生徒の活動 |
教師の指導と支援 |
留意点 |
課題の把握
5分
|
・木材を前に何をするのか
考える。
・どうやって壊すのだろう。 |
・この木材を壊してみることを伝える。
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・手でおれる
程度の棒材
2種類配布
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なぜ,壊すのか?今日は何をするのだろうか。
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課題解決へ
の努力
5分
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・比較のため
試験者は同
じ生徒
安全に留意
| ・壊してみる。きしむ音な
どに気づく。
・かかった力の程度からこ
の木は強い、弱いと判断
する。
・見当がつかない。
・樹種の違いによることを発
表する。 | ・手で曲げて壊してみることを伝える。
・どれくらいの力で壊れたか質問する。
・なぜ壊すのにかかった力に違いが出た
のか質問する。
・なぜ強さに差が出るのか強さを測定し
ながら考えてみよう。 | |
なぜ、強さに差が出るのだろうか。
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課題解決
30分
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・テストピース の配布
・3sずつ荷重
・30s程度の
もの
|
・自分たちにできるか興味
を持つ。
・簡易強度試験機で強度を
測定する。
・強さの順番をつける。
・樹種の違いを基準にする
班と繊維方向を基準にす
る班が出る。
・幅と強さの関係まで予想
する。
・意外な強さに驚き,加わ
っていた力の大きさを再
確認する。 | ・簡易強度試験機の使用法を説明する。
・測定結果から強さの順番を明らかにし
よう。A1〜A4,B1〜 B4, C1〜C4
・測定結果記録用紙を配布する。
・結果をもとに強さの順番とどんなことが
わかったかをまとめよう。
・気づいたことを班ごとに発表させる。
発表された意見をまとめる。
・樹種の違いは密度の違いにつながるこ
とを知らせる。
・繊維の方向によっては、意外と強い強
度を持つことを知らせる。
・教卓でバーベルを材料にのせてみて,
壊れない様子を見せる。
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まとめ
10分
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・木材の強度は樹種や使い
方によって違いがあるこ
とがわかる。
・他の力のかかり方にも興
味を持つ。
|
・今日の授業でわかったことをまとめさ
せる。
・本時のまとめをする。
・次時の予告をする。
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評価
・樹種によって強さに違いがあることを理解しているか,プリントで評価する。
・木材の繊維の方向によって強さに違いがあることを理解しているか,プリントで評価する。
・意欲的に実験,話し合いに参加しているか,プリントや机間巡視で評価する。
・強度試験機を使用しての感想は別にアンケートを実施して評価する。
※ 実験授業は,札幌市立啓明中学校第1学年の生徒を対象に行った
X まとめと今後の課題
1.実験方法に関して
「実験方法はわかりやすかったか」という事後のアンケートでは,両方の指導案ともに大多数の生徒が「はい」と答えている。体重計の目盛りが斜めからは読みにくいという回答が少数あった以外は特に意見がなかった。実際の実験場面では,木材がはっきりと折れたことがわからない場合に,荷重が破断点を越えて体重計の目盛りが一度低い値に戻っているにもかかわらず測定を続けてしまうことがあり,測定値が大きな差となって現れる原因となった。また,繊維方向を正確にテストピースを用意するのは不可能に近く,条件が許せばもっと曲げ強度の理論値に大きく違いのある材料を選ぶべきであろう。谷口先生の文献を参考に,材料にセロテープを貼り,破断するテストピースが飛散することを防止した。安全性には問題がなかったと考える。
2.生徒の反応に関して
授業後のアンケートでは,両方の授業ともに材料の種類による強度の違いと繊維方向による強度の違いには大多数の生徒が理解を示した。実験の感想では,材料を破断させた際の「気持ちよかった,音にびっくりした,おもしろかった」などの感覚的な表現に類似性を見せている。
実験授業の様子
Aタイプの展開の場合は,確認の意味合いの強い実験のために授業全体をコントロールするのが容易である。反面,生徒が「考える」場面が少ない。実験自体への興味は高く、どの生徒も意欲的に取り組んでいた。授業のまとめの前にバーベルを使用してテストピースが破断しない様子を見せたのは効果的であった。今回の試験機ではクランプによって材料への荷重をかけることが簡単にできるため,大きな力がかかっているという実感が薄いということがわかる。
Bタイプの展開の場合は,実験から強度の違いの原因について「考える」という場面があり,授業の目標はある程度達成できたものと思う。しかし,予想される生徒の活動を促すような教師の言葉のかけ方一つで生徒の考える範囲が大きく変わり,授業全体をコントロールすることの難しさを感じた。
簡易強度試験機を「学習材」として位置づけた授業では,どこまでを生徒に考えさせ,何を学ばせるかというねらいを明確にすることにより,様々な授業展開を工夫することができると考える。
3.今後の課題
(1)実験に関しては、使用するテストピースの選定と実験使用後のテストピースの利用について考えることが第一にあげられる。また今回は曲げ強度のみに関する実験であり,他の力のかかり方についてはビデオ教材を使用している。モデル的なものも含めて,教室内で実験として行えるような教具を開発して行ければ良いかと考える。
(2)Bタイプの展開に関しては、前述のように教師の働きかけ一つで目標を達成できるか否かまで左右する場合があるため,生徒の活動をさまざまな方向から予想し,おのおのに対応する援助方法をあらかじめ用意しておく必要がある。
(3)生徒の「考える力」が発揮されたのかどうかを検証して行く方法についても今後さらに検討して行くべきであると考える。
文献 谷口義昭,水谷克己,小林嘉史:
木材加工簡易強度試験法について,
日本産業技術教育学会誌,36,313-318(1994) 田口浩継(1995),木材加工教材・教具集,
日本産業技術教育学会木材加工分科会,79-86.